もう一度

博雅がこの世から消えて一月が経った。

この一月が早く流れたのか遅く流れたのかは、おれにはわからない。
抜け殻のような日々。
自分の中に大きな空洞が出来ている。
おれの魂の欠片を、博雅は浚って逝ったのだろうか。

嗚呼、違う。 そうじゃない。
この空洞はお前が隣にいないから………。
お前のいないおれは『おれ』じゃない。
お前に出逢って、お前と過ごして、お前と触れ合って、
そして出来たのが『おれ』だから。
だから、お前のいないおれは『おれ』には戻れない。
『おれ』の人生は終わった。
あとはおれが、ただ《生きる》だけ。
残りの寿命を恨みながら、生ける屍になる。
それでも思う。
もう一度あの頃へ戻れたらと。
叶わぬ夢。
しかし願いながら生きる。
それしか出来ないから。
だって、お前がいないから………。



「博雅、今宵は良い月だなぁ」

人形(ひとがた)から作った博雅そっくりの偽者に語りかける。
纏う気配は博雅そのもの。
しかし、偽者は偽者。
晴明の聞きたい台詞がその唇から零れ落ちることはない。

「博雅……」

晴明は熱くなった目頭を袖で隠した。

「……晴明…」

博雅がそっと晴明の体を抱きしめる。

― これは晴明の意思。
晴明の命(めい)。
式神は、晴明の意思なしでは動かない。
なのに…………

「晴明……辛いのか?」

博雅が不意に話し掛けてくる。
晴明の意思なしに。

「!!」

晴明が顔を上げると、そこには博雅の優しい微笑みがあった。

「……博雅……」

呆然と見入る。
……これは、呪か?
晴明は内心動揺していた。
焦がれるあまりに、自分で自分に呪をかけてしまったのだろうか。

「晴明、お前がいないおれは、おれではないようだよ……」

どこかで聞いたような台詞。
晴明は小さく苦笑した。
嗚呼、自分に都合のいい夢を見ているんだな……。

「博雅、おれも同じだ」

言って、晴明は博雅の背に強く腕を回した。
博雅もそれに応えて、晴明の細い体を折れるほどきつく抱きしめる。

「ずっとお前に触れたかったよ……
 上から、ずっとお前だけを見ていた……」
博雅が涙を流しながら晴明の背をやさしくさする。

「……博雅……」

その安心する温もりに、堪えきれない涙が頬を伝う。

「この博雅は、いつでも晴明の側におるぞ………」

博雅は晴明の首筋に誓いの印とばかりにくちづけを落とし、華を咲かせた。

「博雅……」

晴明が目を閉じてくちづけをねだると、
博雅はほんの少し悲しそうな顔をして晴明の顎を持ち上げた。
愛撫のように頬と頬を何度も触れ合わせてから、そっと唇を重ねる。
一瞬 あたたかな唇が触れ合って、
途端、博雅の気配がぷつりと消えた。

晴明は、はっと目を開き辺りを見回した。
足元に自分で作った人形が落ちている。

― 随分と長い夢を見ていた気がする。

頭がぼうっとしている。
しかし、博雅に抱きしめられた感触が、やけに体に残っている。
晴明は、その名残が消えてしまうのを抑えるかのごとく、自身の体を腕に抱いた。
そしてふと思い出す。

まさかな…。

そう思いつつも、首筋に痕があることを期待する自分。
扇を鳴らし、式神に鏡を持ってこさせる。
恐る恐る鏡を覗き込むと、
夢で 博雅がくちづけた箇所に紅い華が咲いていた。
その痕に触れると、そこだけ熱を持っているようで熱かった。

「博雅………」

あの博雅が幻だったかどうかなんてどうでもいい。
博雅もおれを求めてくれる。
きっと、求めていてくれる。
それだけで心が軽くなった。
おれはひとりじゃなかった。
死して尚おれを見つめてくれるお前がいるから。

博雅、おれはお前のために『おれ』でいるよ。

どんなに辛くても、苦しくても…。

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